AI時代における、生産性の高いチームの磨き方

この記事は個人ブログと同じ内容です

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AI の普及によって、ソフトウェア開発の生産性はこれまでにないほど高まる可能性を手にしている。 一方で、そのポテンシャルを実際の現場で十分に活かしきれているチームは、まだ多くないのでは——そんな感覚を持つ人もいるかもしれない。AI という強力なツールを導入したにもかかわらず、「思ったほどアウトプットが伸びない」「チーム全体の動きが変わらない」といったモヤモヤを抱える場面は、決して珍しくないように思う。

本稿では、AIが前提となった現代において、「生産性の高いチーム」をいかにして構築し、磨き上げていくかについて、僕自身の思想と実践を交えて論じたい。対象読者として、開発に携わるエンジニア、デザイナー、PdM、そして特に、チームのパフォーマンス向上に責任を負うエンジニアリングマネージャー(EM)を強く想定している。

生産性の本質は「不確実性のマネジメント」にある

僕が考えるチーム生産性の根幹は、 「不確実性のマネジメント」 という思想に基づいている。これは、かの名著『The Goal』で示されたTOC(制約理論)が製造業のボトルネックを特定したように、知的生産におけるボトルネックが「不確実性」そのものであるという捉え方だ。

我々の対峙する不確実性は、大きく二つに分類できる。

  1. 未来の不確実性: 市場やユーザーニーズがどう変化するか。
  2. 他者の不確実性: チーム外のステークホルダーや顧客がどう動くか。

これに対し、確実性が高いのは「過去の事実」と「自分自身の行動」のみである。したがって、生産性を高めるという営みは、 未来と他者に存在する不確実性をいかに制御下に置き、自分という存在の確実性をいかに高めるか 、という2つのマネジメント活動に集約される。

この文脈において、AIの役割は極めて明確だ。フレデリックブルックスが『人月の神話』で述べた 本質的複雑度(Essential Complexity)偶有的複雑度(Accidental Complexity) の概念を借りるなら、AIは後者、すなわちツールやプロセスが生み出す偶発的な複雑性を劇的に引き下げる。しかし、問題領域そのものに根ざす本質的複雑度は、依然として我々の前に立ちはだかる。

AIによって「作ること」のコストが限りなく低下したからこそ、「何を作るべきか」という本質的な問い、すなわち不確実性との向き合い方が、チームのケイパビリティを決定づけるのである。

外的マネジメント:未来と他者を制御する

まず、チームの外部に存在する不確実性をマネジメントする「外的マネジメント」について掘り下げたい。

未来をマネジメントする:超理想状態からロードマップを描く

多くのチームは、現状のスキルセットやリソースを前提として、実現可能な範囲で次の一手を構想しがちだ。しかし、AIによる生産性ブーストが存在する現在、この思考様式は最適とは言えない。

僕が重要視するのは、 あらゆる制約条件を一度取っ払い、「ユーザーにとっての超理想状態」を定義し、そこから逆算してプロダクトロードマップを設計する ことだ。例えば、かつては技術的難易度から忌避されたリアルタイム対話システムも、生成AIの活用でPoC(概念実証)のハードルは著しく下がった。それが真にユーザー価値に繋がるブレークスルーなのであれば、最初からその理想形を前提に開発を進める方が、結果として最短経路になり得る。未来の不確実性をマネジメントするとは、目先の工数感に囚われず、あるべき理想の解像度を上げ続けることに他ならない。

他者をマネジメントする:クリティカルパスの特定と信頼関係

プロダクトが価値としてユーザーに届くまでには、CS、営業、法務、そして顧客自身といった、開発チーム以外の無数の「他者」が関与する。この他者の存在こそが、プロジェクトにおける最大の不確実性要因であり、マネジメントすべき最重要対象である。

そのための具体的な戦術として、僕が実践しているのは クリティカルパスの早期把握」「能動的な信頼関係の構築」 だ。

プロジェクト全体で最も時間を要する律速段階、すなわちクリティカルパスはどこか。例えば、プロダクト実装が3日で完了しても、PLにコミットする事業部の検証協力を得るのに1週間を要する場合、ボトルネックは明らかに後者である。この場合、僕が率いるチームでは、プロダクトを完成させてから協力を仰ぐのではなく、まず1日で作成したモックレベルの成果物で合意形成プロセスを開始し、相手が動いている1週間の間にプロダクトをブラッシュアップしてリリースに備える、という動き方をする。これは実際に、社内のAIキャリアアドバイザー開発でプレスリリースやデザイナー連携を先に行い、プロダクトは後から追随させる形で実践した。

このような動きを可能にするには、他部署を巻き込むための工夫も必要だ。例えば僕の所属するR&Dチームでは、 各事業部が持つPL(損益)目標達成への強いコミットメントを尊重しつつ、新しい挑戦をスピーディに行うため 、開発メンバーだけでなく、現場のキャリアアドバイザー含めた アウトカム創出に責任を持つメンバーも加えた「スモール検証チーム」 を組成している。これにより、既存事業の計画に影響を与えることなく、柔軟な仮説検証を実行し、 チーム内でアウトカムまで内包して提供できる環境 を整えている。

これは以下のブログでも詳細をのべさせていただいた。 note.com

そして、こうした他者を巻き込む動きの根幹を成すのが、日頃からの 信頼関係の構築 である。僕は基本的に、他部署からの依頼は断らない。AIを駆使すれば、多くの依頼は以前より遥かに低いコストで対応可能だからだ。一つ一つの依頼に対し、期待を超える成果を迅速に提供し続けることで、「あの人に頼めば何とかしてくれる」という信頼が醸成される。この信頼こそが、こちらから不確実性の高い挑戦的な依頼をする際に、相手の協力を引き出すための最も価値ある資産となる。

これらの活動は、ドメイン駆動設計(DDD)におけるコンテキストマップの思想にも通じる。複数のBounded Context(境界づけられたコンテキスト)間で明確なインターフェースを定義し、 コンテキストマップに応じた疎結合なプロダクト実装を意識することによって、外部からの依頼や機能追加に対してチームが柔軟に対応できる ようになるのだ。

内的マネジメント:自己を確実性の源泉とする

次に、自分自身の不確実性を最小化し、チームを導くための「内的マネジメント」を論じる。これは特に、EMやマネージャーに強く求められる自己規律である。

基準のマネジメント:マネージャーがAI時代の生産性向上を体得する

コンピュータアーキテクチャにおける アムダールの法則 は、システム全体の性能向上は、並列化できない逐次処理部分によって制限されることを示す。AIの登場は、これまで逐次処理だった 偶有的複雑度 の多くを、並列的かつ高速に処理できる可能性をもたらした。つまり、アムダールの法則における「並列化可能な部分」が劇的に拡大し、理論上の生産性は飛躍的に向上したのである。

しかし、もしマネージャーがAIによるこの生産性向上へのインパクトを体感として理解できていない場合、チーム内で発生している課題やボトルネックが、AIによって解決可能な「偶発的複雑度」によるものなのか、あるいはAIをもってしても避けられない「本質的複雑度」によるものなのかを適切に判断できない。その結果、チームの生産性における真のボトルネックを見過ごし、 AIがもたらすはずの生産性向上の機会を活かせず、チームのパフォーマンスを「キャップ(上限)」してしまう ことになる。

故に、EMは誰よりもAIを使いこなし、自ら手を動かし、その知見をもってチームの基準を引き上げる責務を負う。多忙な中でも、重要だが緊急でない課題を自ら引き取り、AIツールで圧倒的な速度で価値を出す。その背中こそが、AI時代のリーダーシップの源泉である。

パフォーマンスのマネジメント:朝の時間を最大活用する

高い基準でチームを率いるには、マネージャー自身の心身のパフォーマンスを意図的に最大化する必要がある。僕が特に重要視するのは 「朝の時間」 だ。

僕たちのチームの朝会は、単なる進捗報告の場ではない。 「今日1日を絶対に走りきれる状態を作る」ための戦略会議 と位置づけている。変化の激しい現代の開発において、「昨日決めた今日のタスク」が最適であり続ける保証はない。だからこそ、朝の時点でゴールを再設定し、そこへの道筋をシャープに描き切る。例えば、ヒアリングに行くメンバーには「そこで何が得られたら成功か、準備は万全か」を問い質し、開発タスクが上がれば「その実装は将来のメンテナンスコストを考慮しているか。より軽量な代替案はないか。技術選定(AWS vs Google Cloudなど)は最適か」といった議論を徹底的に行う。

この朝会の質を担保するため、僕自身は脳科学の知見を応用し、自身のパフォーマンスを朝にピークに持っていく。

  • 習慣による体内時計の活性化: 毎日同じ時間に起床・運動・食事をすることで、 体内時計(サーカディアンリズム が最適化され、決まった時間に高いパフォーマンスを発揮する状態を作る。
  • ホルモン分泌のコントロール: 朝の筋力トレーニングは、脳への血流を促進するだけでなく、テストステロンやアドレナリンの分泌を促し、自己効力感 を高め、意思決定の質を向上させる。

最高のコンディションで朝会に臨み、メンバーの提案に対し、より良い結果を生むためのフィードバックを返す。その際、僕は頭の中で 「そのアクションがもたらす結果は何か」「他にどんな選択肢があり、どう違う結果になるか」を最低3回は内省(シミュレーション)する ことを自身に課している。この思考の深さと速度を担保するためにも、自己のパフォーマンスマネジメントは不可欠なのである。

結論

AIは開発の常識を覆した。しかし、それは単なる効率化ツールではない。AIが 偶有的複雑度 を解消したことで、我々は 本質的複雑度 、すなわち 不確実性 そのものと、より純粋な形で向き合うことを迫られている。

生産性の高いチームとは、この不確実性を的確にマネジメントできるチームである。未来を見通し、他者を動かし、自らを律する。その思想と技術を組織に実装していくことこそ、AI時代を生き抜くマネージャーの最も重要な使命だと、僕は考えている。

終わりに

今回のブログは下記の本を参照させていただいた。

エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング

AIエージェント 人類と協働する機械

後者に関してはレビューもさせていただき、AI時代の生産性向上に関して気づきの多い書籍でした。これらの書籍で述べられていることを、僕自身の経験を交えることで実践的に活用していただく方が増えれば幸いです。

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